「HSRPとVRRP/CARPの標準化に関するいざこざ」と「標準化と独禁法の関連性」

目次


日付

  • 記録日: 2025/07/15

今日学んだこと

  • CiscoによるHSRPと、IETF標準VRRP、OpenBSDのCARP開発にまつわる標準化の衝突の歴史
  • 標準化と独占禁止法の関係:囲い込み・特許・市場支配が法律で裁かれる構図
  • 標準化は「便利さ」だけでなく、政治・法・経済の調整が関与する複雑なプロセスであること

詳細

学んだトピック1: HSRP・VRRP・CARPの標準化に関するいざこざ

  • 概要:

Ciscoが開発した独自のルータ冗長化プロトコル「HSRP」をめぐり、IETFが「VRRP」として標準化を推進。

しかしCiscoの特許が壁となり、オープンソースのOpenBSDは「CARP」を開発して回避するという、三者三様の立場が交錯した歴史的な出来事。

  • 発見:
    • Ciscoは1990年代初頭にHSRPを開発し、特許を取得。
    • IETFは1997年にVRRPの標準化を開始。Ciscoの特許に配慮しながらも、標準化を推進。
    • OpenBSDは「OSSで自由に使えないなら作るしかない」として、暗号化を組み込んだCARPを2003年に公開。
    • 特許が標準化やOSSにとって技術的障壁となることがある。
  • 関連情報:

▼ 擬人化で学ぶ:Cisco・IETF・OpenBSDの三者会談(演劇風)

【登場人物】

  • Cisco(シスコ):インフラ界のドヤ顔職人。特許と実績に誇りを持つ巨人。
  • IETF(アイテフ):世界標準を作る真面目で理屈っぽい委員長。公平性重視。
  • OpenBSD(オープンビー):自由とセキュリティを愛する硬派な技術者集団。反骨精神の塊。

【1997年:標準化会議】

IETF:

「えー、それでは“ルータの冗長化プロトコル”について世界共通の規格を作ります!」

Cisco(椅子にふんぞり返って):

「うちが作ったHSRPってのがすでにあるけど? 特許も取ってるから、ちゃんと調べてからやれよな?」

IETF:

「ふむ。確かに君のHSRPは先行してるし、似てる部分もある。でも、これはオープンな規格にしたいんだ。我々のVRRPドラフトは、Ciscoが特許を主張していても、合理的かつ非差別的な条件でライセンスされるなら問題ないと考えている。」

Cisco(ちょっとムッとしながら):

「まあ、勝手に標準化するなら仕方ないけど、オープンソースが勝手に使うのはダメだぞ? 必要ならライセンス契約してもらうからな。」

【1999年:開発現場、OpenBSDのアジト】

OpenBSD(ふんぞり返ったメールを見て憤慨):

「なんだこれは……Ciscoが“うちの特許に触れるぞ”って警告してきやがった。

ふざけるな、俺たちは自由に使えるソフトを作ってるんだ。金払ってまで使う気はないぜ。

開発者A:

「じゃあ、自前で新しいプロトコルを作りますか?」

OpenBSD:

「いいぞ、それでいこう。暗号を使ってもっとセキュアにしてやる! これが新プロトコルCARPだ!」

【2003年:発表会】

OpenBSD(ドヤ顔):

「というわけで、Ciscoの特許に触れない、セキュアな冗長化プロトコルCARP(カープ)、ここに誕生!」

Cisco(渋い顔):

「まあ……暗号使って根本的に違うし、文句は言えんか……」

【2014年:特許の終焉】

IETF(ふっと笑って):

「ちなみに、Ciscoの特許は今年で期限切れですよ。」

Cisco(肩をすくめて):

「時代の流れだな……まぁ、うちはもう別の強みがあるし、気にしてねえよ。

OpenBSD:

「CARPは今でもオープンで最高の選択肢だ。余計な縛りはいらない。」

【エピローグ】

現在も、VRRPとCARPは用途に応じて使い分けられ、Ciscoも自身の独自技術を誇りながら、標準化の流れと共存している。


関連ワード

「合理的かつ非差別的」(reasonable and non-discriminatory、略してRANDあるいはFRAND)

用語意味
合理的(reasonable)ライセンス料や条件が、常識的かつ市場相場に見合った内容であること。たとえば、ライセンス料が不当に高くない、契約条件が実現可能な範囲である、など。
非差別的(non-discriminatory)誰に対しても同じ条件で提供されること。特定の会社にだけ高い料金を課したり、オープンソースにだけ提供を拒むといった「差別的な扱い」をしないこと。

■ ざっくり言うと

「誰にでも、ちゃんとした値段で、平等に貸すよ!」っていうのが「合理的かつ非差別的」ってことです。


学んだトピック2: 標準化と独占禁止法の関係性

  • 概要:

標準化プロセスに企業が過剰に介入し、競合他社を排除したり囲い込んだりすると、独占禁止法に触れるリスクがある。

特に「標準必須特許(SEP)」を巡るライセンス拒否や高額要求などは世界中で問題になっている。

  • 発見:
    • 標準化の妨害やライセンス囲い込みが「不公正な市場支配」とみなされると、制裁対象になる。
    • Rambus事件やMicrosoft vs EU、Qualcommなど、実例は多数。
    • 特許を持っていても、それを盾に競争を妨害すると法的にリスクがある。
  • 関連情報:

■ 標準化とは何か

■ 一言でまとめるなら?

「標準化とは、時代の要請と多層的な利害の折り合いの上に築かれる、未来への共通語である」

「時流に合わせて便利なものに統一されていく」

技術や市場の進化に即して、時代に合った最適解に収束していく動き

例:USB Type-C、IPv6、HTML5など

「消費者ファースト」「技術の発展ファースト」

→ 利便性や発展性が優先される

ただし:

  • 「消費者=市民」が主役のように見えても、その背景には業界と行政の戦略的な意図が強く働く
  • 「技術的に優れていること」と「標準になること」は必ずしも一致しない(例:Betamax vs VHS)

「業界、組織、国家の複雑な思惑と調整のもとに決まる」

→ 標準化は単なる技術的選択ではなく、政治・経済・外交が絡む総力戦

例:

  • EUによるType-Cの義務化(環境政策×産業政策×消費者保護)
  • 5G標準を巡る米中の通信覇権争い
  • ISO/IECやIETFでの標準策定過程における企業連合の綱引き
ポイント補足
1. 標準化=最も優れた技術の採用ではない現実的には「そこそこ良くて、みんなが納得できるもの」が選ばれることが多い(政治的妥協の産物)
2. 標準化は妥協と調整の産物完璧を目指すよりも、「壊れない共通ルール」が優先される
3. 標準化後の勝者は、標準を活かせる者標準を取った者よりも、それを活用して市場を制する者が勝つ(例:AndroidとType-C)

■ 標準化に反対する企業が取りうる主なシナリオ

1. 特許や独自仕様による市場支配を守りたい

● 典型例:

  • AppleのLightning端子
  • CiscoのHSRP
  • Microsoftの旧独自規格(ActiveX、.docバイナリ形式など)

● 企業の考え:

「自社独自の技術でロックインした方が儲かる。標準化されたら誰でも真似できるから嫌だ」

● 起こりうること:

  • 特許で囲い込み
  • OSSや標準化団体に圧力(法的措置や警告)
  • 競合他社へのライセンス料を高額に設定

2. 標準化された仕様が自社技術と相容れない/競合技術が採用されそう

● 典型例:

  • Intel vs AMD(AVX命令セットの扱い)
  • HD DVD vs Blu-ray(東芝 vs ソニー陣営)

● 企業の考え:

「標準化されたら、競合の技術が採用されて自社は不利になるかもしれない。標準にしたくない」

● 起こりうること:

  • 標準化プロセスへの不参加
  • 自社連合を形成して「もうひとつの標準」を推進
  • 標準団体に根回しして技術仕様を“ねじ込む”

3. 標準化が収益モデルを壊す恐れがある

● 典型例:

  • プロプライエタリなドライバ、API、フォーマット(例:Adobe Flash)
  • コーデック業界(H.264/MPEG vs オープンなAV1)

● 企業の考え:

「標準化されたら無償提供が前提になるかもしれない。ライセンスビジネスが崩壊する」

● 起こりうること:

  • 法的手段で標準化阻止(例:特許訴訟)
  • 暗黙の圧力やロビー活動
  • 無償では使えない「事実上の標準」として残存

■ 標準化に反対した結果、企業が取る3つの道

内容成功例 or 失敗例
1. 独自路線を突き進み、孤高に残る独自規格を継続、囲い込みを維持Apple(成功)、東芝HD DVD(失敗)
2. 最終的に標準に迎合し、参加する初めは抵抗したが、時流に合わせて対応Cisco(VRRP容認)、Apple(USB-C対応)
3. 標準を超える「新標準」を作るOSSやコンソーシアム主導で新たな標準策定Google(WebM、AV1推進)

■ 標準化反対がもたらすリスク(企業視点)

リスク説明
孤立マルチベンダーの互換性要求に応えられず、選ばれなくなる
訴訟の的になる標準化阻止が独禁法違反に問われるケースも
イメージ悪化「独占」「閉鎖的」といった批判が起こり、開発者・消費者離れを起こす

■ まとめ:企業にとって標準化とは「守るか・乗るか・超えるか」

標準化に反対する企業は、自社の技術的・経済的優位を守ろうとする合理的な動機がありますが、それが時代の流れやユーザーの要求とズレると淘汰されていくのが現実です。

つまり:

標準化とは「時代が企業に迫る試練」であり、「企業が未来への舵取りを試される場」でもある。


■ 独禁法との関連

「企業による標準化への反対・妨害」と「独占禁止法(独禁法、Antitrust Law)」の関係は、テクノロジーの世界における重要な論点の一つです。

特に以下のようなケースで、標準化の妨害が「市場支配の乱用」や「競争の排除」に該当する可能性が出てきます。

■ 基本的な法的構造

概念内容
標準化複数企業・団体が合意した共通仕様。相互運用性や公平な競争を確保するための仕組み。
独占禁止法(Antitrust)競争を制限する行為を防ぐ法律。私企業が市場支配を濫用しないよう監視する。
問題点特定企業が特許や影響力を武器に標準化を妨げる/囲い込む/排除することで、公正な競争が阻害される恐れがある。

■ 企業の標準化妨害が独禁法に抵触するパターン

1. 特許を使った「包囲戦」(特許囲い込み)

  • 技術標準に関わる重要特許(標準必須特許:SEP)を盾に、他社の標準準拠を妨げる。
  • 非合理なロイヤリティ請求、拒否、差別的契約などが行われた場合に問題視される。

例:

  • Qualcomm vs 米FTC(2017~) → スマホメーカーに対し、不公平なライセンス条件を設定していたと指摘され、米国連邦取引委員会(FTC)が訴訟。

2. 標準化プロセスへの妨害や裏工作

  • 自社の独自技術に利益誘導するため、標準化団体内で投票操作や遅延工作を行う。
  • 競合技術が採用されないよう画策する。

例:

  • Rambus Inc.事件(2002, 米国) → メモリ規格(SDRAM等)を標準化する会議に参加しながら、自社が保有する特許が採用されるよう誘導 → 不公正競争として訴えられる。

3. 標準化を拒否して市場ロックインを維持

  • 自社の優位性を保持するため、意図的に標準に準拠しない
  • これが事実上の「囲い込み」に機能した場合、市場支配の濫用として指摘されることがある。

例:

  • Microsoft vs 欧州委員会(2004) → Windowsの仕様非公開により、競合のメディア・サーバやオフィスソフトとの連携を阻害していたとして、EUから巨額制裁金(約5億ユーロ)

■ 実際に起きた「標準化 × 独禁法」の主な事件

年代事件主な論点結果
2002Rambus事件(米)標準化会議に参加しながら裏で特許を囲い込む一時勝訴→上訴で逆転敗訴も含む複雑な展開
2004Microsoft EU訴訟標準非公開による競争阻害制裁金+仕様公開命令
2017Qualcomm FTC訴訟SEPを使った不当ライセンス要求一部敗訴→控訴中(一部和解)
2020Apple & Google vs EU DMA(デジタル市場法)独自API/ストア囲い込みによる標準非遵守法改正により義務化進行中(2024年〜)

■ 「標準化に協力しない=違法」ではない

  • あくまで「市場の公正な競争を著しく阻害しているかどうか」が基準です。
  • 自社技術の保護そのものは合法ですが、「他社の参入を妨げる意図」や「差別的な扱い」があると独禁法違反の可能性があります。

■ 結論

企業が標準化に反対したからといって即違法ではないが、

その行為が競争を不当に制限していた場合、独占禁止法に抵触する可能性がある。

これはまさに、技術 × 法律 × 政治 × 経済が交差する最前線であり、今後もAI・通信・バイオなどで標準化を巡る攻防は激化していくと予測されます。


振り返り

  • 理解が深まったこと:

技術の標準化は技術的に優れているかどうかだけではなく、政治・経済・法制度、そして社会的合意に基づく調整のプロセスであること。

  • 改善点:

今後は他の分野(映像圧縮、AIモデル、Web標準など)でも同様の力学がどう働いているかを深掘りしたい。

備考

  • 技術者として「何が最も優れているか」だけでなく、「何が標準として選ばれうるか」という視点も持っておくべきだと感じた。
  • 擬人化を交えて学ぶと、背景のドラマ性や立場の違いが理解しやすくなると実感。